2008年09月26日

<小泉元首相>引退へ 次期衆院選は立候補せず

毎日新聞より、

 自民党の小泉純一郎元首相(66)は25日、地元の神奈川県横須賀市の後援会の会合で、次期衆院選には立候補せず、今期限りで引退する考えを表明した。集めた系列県議・市議らに「議員生活36年を振り返り、もうやり残すことはない。今ある種の達成感を感じている。これからも政治活動を続けていくが、国会活動はしない。次の選挙には出ない」と述べた。また、次男、進次郎氏(27)を後継者にしたい意向を表明した。

 小泉氏は01年4月に第87代首相に就任し、06年9月まで5年5カ月間(1980日)務めた。在任日数は佐藤栄作、吉田茂首相に次ぎ戦後歴代3位。在任中は「聖域なき構造改革」を掲げて財政再建路線を推し進めた。参院で郵政民営化法案が否決された後の05年8月には衆院を解散し、与党を327議席(自民党296議席)の大勝に導いた。その一方で、「ポピュリズム政治」や格差拡大を招いた。

 小泉氏は衆院神奈川11区選出で当選12回。神奈川県横須賀市で小泉純也元防衛庁長官の長男として生まれ、72年の衆院議員に初当選し、厚相、郵政相などを歴任した。

 首相時代、日米同盟重視を標ぼうし、01年9月の米同時多発テロを受け、イラク戦争などで米国を支持した。アフガニスタンでの米軍支援を目的にしたテロ対策特別措置法のほか、イラク復興特別措置法を成立させた。

 ただ、中国韓国などアジア諸国とは01年から毎年、靖国神社に参拝し続けたことが反発を招き、関係が悪化した。02年9月には北朝鮮を訪問。金正日総書記と初の日朝首脳会談を行って日朝平壌宣言に調印し、5人の拉致被害者帰国を実現させ、04年5月には再訪朝を果たした。

 経済政策は自由競争と市場原理を重視する竹中平蔵氏を経済財政担当相などで重用。国債発行額を各年度の予算編成で30兆円以下に抑える歳出削減を掲げたが、実行できたのは在任中の5年半で2回だけに終わった。

 05年9月の郵政選挙では、「改革の本丸」と位置づける郵政法案に反対した議員全員に公認を与えずに「刺客」候補を選挙区に送り込んだ。当選した新人議員は「小泉チルドレン」と呼ばれた。

 小泉氏は、麻生太郎首相が圧勝した今月22日の自民党総裁選で、小泉改革路線の継承を掲げて立候補した小池百合子元防衛相を支持。小泉路線見直しを鮮明にする麻生氏優勢で進んだ総裁選に不満を持っていたとされる。



引退とは・・・
潔くサプライズを最後まで見せてくれたと思いきや
次男の後継者指名・・・
わたしもがっかり・・・ (((´・ω・`)カックン…
posted by そろにゃん at 00:26| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュースから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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